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官能的正月と異国の正月(寺田寅彦著「二つの正月」)

正月も2日目です。三が日の正月関連作品企画、2段目として「2」という数字にもかけたこの作品を紹介します。

寺田寅彦著「二つの正月」です。

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寺田寅彦 二つの正月(青空文庫)

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寺田寅彦とこの作品について

寺田寅彦(てらだ とらひこ)[1878-1935]は物理学者です。それと同時に随筆家、俳人でもあります。以前「コーヒー哲学序説」を紹介しましたがそれを書いたのも彼であり、学者としてあるべき思考の柔軟性が独特な観点を生み出しているのでしょう。

Wikipediaによると学問の枠にとらわれない横断的な考えが再評価されています。

 

ddss-msv.hateblo.jp

 

「二つの正月」は寺田寅彦が必ずセットで思い出してしまう二つの思い出を語る作品です。

官能的ということ

彼は作中で「キリシタン」「貝のお吸い物」「激辛うどんを食べる乞食の婆さんの、鼻の動く具合」をあげて官能的であると言います。官能的とはデジタル大辞泉の定義によると“性的感覚をそそるさま”。現代でも官能小説などが思い起こされますね。

一方で浴場に若い女性が5,6人入ってきたときに関しては、

これは官能的よりむしろエセリアルであった。

と著しています。エセリアルとは似非現実ですから、現実ではないということです。官能的であるということは性的であると同時に現実感を伴わなければならない表現で、そういう考え方でいくとあまりに現実とかけ離れた官能小説は、むしろファンタジー小説と呼ぶべきでしょう。

隠されていることは重要に思える

作品の最後を著者はこう締めています。 

しかしこの二つの、時間的にも空間的にも遠く距れた心像をつなぎ合わせている何物かがあるだけはたしかでなければならない。そうしてこれはやはり実に恐るべき現象でなければならない

この前に赤いうどんとトマトスパゲティが似ていたからや、どちらも南国であったからという理由を否定しています。ただ僕は実際こんな理由なんだろうと思います。それを何度も思い出すうちに、つなぎ合わせる思考の回路ができてしまったのでしょう。

著者がこう思った理由に人間心理は「隠されていることは重要に思える」ことが強く影響しています。秘密にされるほど重要であると思い込み知りたくなるのは誰にでも経験がありますよね。実際の経験しかり童話や作り話でもそうです。

しかし現実は意外とシンプルで何でもないことの場合も多いのです。そんな人間心理の錯覚が寺田寅彦氏にも起こっていたことに親近感を覚えます。