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曖昧で浅い思考をやめる

 私が気付いたことは、自分の現状を正しく認識しているつもりだったが、曖昧さを放置して直感的に思い込んでいたものだったということ。

 「無職である自分はそうでない同級生に比べて劣っている」は直感的に正しい。ただ私は何で劣っているのかを考えたことはなかった。所得や信用、能力という基準が考えられる。この中で揺るぎないのは所得という基準だけだ。働いている同級生に比べて少ないというか無いのだから。しかしそれだけ、それだけなのだ。直感は正しいことだけじゃない。

 だから本当のところは「私は同級生は働いているのに自分は無職であることで親に対して負い目を感じる」というのが現実である。負い目を感じるというのは自分がどう思うかであって何かの基準に照らす必要はない。

 そういう風によくよく考えてみると、私は自分に対しては負い目とか申し訳無さとかはそもそも無いということがわかる。

 

 他にもよくよく考えてみると、ということは往々にしてある。というか自分がいかにふんわり曖昧に考えていたのか、ゆるふわ思考だったのかがわかる。

 たとえば、「頑張る」という決意なんて驚くほど中身がない。

 

 しかしこうなってしまうのは仕方がないとも言える。神社での願い事は大人よりも子どもの方が叶うという話がある。 子どものほうが神様に好かれるとかそういう話ではない。大人は欲深で色んな事を詰め込んだ言葉で願掛けをする。例えば「仕事がうまくいきますように」。一方子どもは例えば「算数のテストで85点取る」みたいな具体的な願掛けをするそうだ。したがって子どもの方が行動に直結しやすく、結果叶うことが多いらしい。

 大人になってきて、中身は空っぽで聞こえのいい言葉ばかり使うようになってはいないだろうか。実は子どもの方がしっかり考えられているのではないか。

 

 自分の思考を振り返ってみて欲しい。そしてもっと明確にしてみると思い込みが覆ったり、行動指針がクリアになったりするかもしれない。