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本は何を読めばいい?(西田幾多郎著「読書」)

最近は改めて本の偉大さと面白みを感じる日々です。以前にも読書に関係した作品を紹介しましたが、今回もまた違った人から読書を見てみたいと思います。

その名もずばり、西田幾多郎著「読書」です。

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西田幾多郎 読書(青空文庫)

Amazon.co.jp: 読書 eBook: 西田 幾多郎: 本

 日本を代表する哲学者

日本において著名な哲学者を挙げろと言われれば真っ先に出てくるのが、西田幾多郎(にしだ きたろう)[1870-1945]だと思います。僕の中で真っ先に浮かんでしまうのは、大学での倫理学の講義で先生がしきりに彼の名前を挙げていたからでもあります。

京都の銀閣寺付近から熊野若王子神社まで続く道は「哲学の道」と名付けられ名所となっていますが、そこはこの西田幾多郎氏が思索にふけっていた道なのでそう命名されたのです。すごいですね。

 

本を理解する

著者は哲学者なので思想系の書物を読むことが前提になっています。しかし、その考え方は一般書でも十分に通用します。

私は思う、書物を読むということは、自分の思想がそこまで行かねばならない。

 

私はしばしば若い人々にいうのであるが、偉大な思想家の書を読むには、その人の骨というようなものを摑まねばならない。そして多少とも自分がそれを使用し得るようにならなければならない。

本を読むにしてもそのレベルまで読み手が達していなければ、理解など到底できません。だからある時わからなかった本が、年を経て新たな一面を見せてくれるのは自分のレベルが上がって理解の程度が深まったことにもよるのです。

そういえば芥川賞を受賞したピースの又吉さんも、バラエティ番組「アメトーーク」の読書好きが集まる会で「面白くない本はない 。そういう時は違う本をたくさん読んで、自分がそのレベルに追いつくと面白くなる」といったニュアンスのことを言っていた気がします。

 

読むべき本

何人もいうことであり、いうまでもないことと思うが、私は一時代を劃したような偉大な思想家、大きな思想の流の淵源となったような人の書いたものを読むべきだと思う。

 と著者は言います。つまり基本・基礎の本ということになると思います。そしてこれが難しいというのは彼によると理由にはなりません。思想がレベルに達していないならトライすべきだからです。

基本書はすべての根幹です。派生した本の考え方は根幹を読めばおのずと出てくるので、まずはこの源流をつかむべきというのが著者の考えです。

思想というのはあらゆる可能性からの収束です。ですから行き詰まったときにこそ基本書が役に立ちます。

多くの可能の中から或一つの方向を定めた人の書物から、他にこういう行方もあったということが示唆せられることがあるのでもあろう。

 何事もやはり基本が重要です。読書もまったく例外ではないということですね。